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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)10141号 判決

甲事件原告

小林謙造

甲事件原告

鎌田耕太郎

右甲事件原告両名訴訟代理人弁護士

出田健一

飯高輝

乙事件原告

中村一夫

乙事件原告

堀田光昭

乙事件原告

西本秀二

乙事件原告

川端肇

右甲、乙事件原告六名訴訟代理人弁護士

高橋典明

甲、乙事件被告

株式会社大有社

右代表者代表取締役

谷澤淳二

右訴訟代理人弁護士

西本剛

主文

一  甲事件被告は同事件原告鎌田耕太郎に対し、金八万七一五〇円及びこれに対する昭和六二年一〇月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件被告は、同事件原告中村一夫に対し金一一万七二一一円、同堀田光昭に対し金三万五五八五円、同西本秀二に対し金一一万一〇四二円、同川端肇に対し金一万二〇二三円及び右各金員に対する平成元年五月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  甲事件原告鎌田耕太郎のその余の請求及び同小林謙造の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、甲事件について生じた部分はこれを一〇分し、その一を甲事件被告、その三を同事件原告鎌田耕太郎、その六を同小林謙造の各負担とし、乙事件について生じた部分は全部乙事件被告の負担とする。

五  この判決は、甲、乙事件原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判(甲、乙事件とも)

一  請求の趣旨

1  甲事件被告は、同事件原告小林謙造に対し金四八万五一七八円、同鎌田耕太郎に対し金三〇万二一九〇円及び右各金員に対する昭和六二年一〇月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  主文第二項と同旨

3  訴訟費用は甲、乙事件被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  甲、乙事件原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は同原告らの負担とする。

第二当事者の主張(甲、乙事件とも)

一  請求原因

1(当事者)

甲、乙事件被告(以下単に「被告」という)は、広告取扱代理業を業とする会社であり、甲、乙事件原告ら(以下単に「原告ら」という)はいずれも被告に勤務する従業員である。

2(振替出勤・振替休日基準について)

被告の就業規則及び給与規定によれば、休日に出勤、就労した場合の振替基準について次のとおり定められている(以下「本件基準」という)。

(1) 休日出勤しようとするものは、原則として事前(やむを得ない場合は事後も可)に届け出て所属長の承認を得なければならない。

(2) 出勤した日の出勤・退出の各時間を所属長に報告すること。

(3) 振替休日は出勤一日に対して一日、出勤半日に対して半日とする。

(4) 出勤半日とは、実労働時間三・五時間未満の勤務をいい、実労働時間三・五時間以上の勤務は一日とみなす。

(5) 異なる日の半日の出勤を合算して一日の勤務とみなすことができる。

(6) 当該一日の実働が八時間を越える場合は、七時間目に遡り、時間外手当の対象とし、七時間部分については一日に振り替える。

(7) 出勤土曜日に振り替える場合は一日分振り替えたものとみなす。

(8) 振替休日の消化期限は、発生の翌月以降三か月以内とし、期限内消化の徹底をはかることとする。

期限内消化の努力を傾注してもなお残る場合は所属長手続による時間外手当処理とする(以下、休日出勤の翌月から三か月以内に振替休日を取得できなかった日数を「未消化残日数」という)。

(9) 実施 昭和五八年四月一日以降とする。

3(原告らの休日出勤と振替休日)

(一) 甲事件原告小林謙造(以下「原告小林」という)は、昭和六〇年に一四・五日、同六一年に一〇・五日、同六二年五月末日までに二日、合計二七日の休日出勤をし、同六二年五月末日までに一日の振替休日を取った。この結果未消化残日数二六日である。

(二) 甲事件原告鎌田耕太郎(以下「原告鎌田」という)は、昭和六〇年に一一日、同六一年に二・五日、合計一三・五日の休日出勤をし、同六一年に二日の振替休日を取った。この結果未消化残日数は一一・五日である。

(三) 乙事件原告中村一夫(以下「原告中村」という)が、昭和六二年六月一日から同年一二月末日までの間に休日出勤した日数のうち、昭和六三年三月末日までに振替休日を取得できなかった未消化残日数は九・五日である。

(四) 乙事件原告堀田光昭(以下「原告堀田」という)の右(三)と同一の要件における未消化残日数は三日である。

(五) 乙事件原告西本秀二(以下「原告西本」という)の右(三)と同一の要件における未消化残日数は九日である。

(六) 乙事件原告川端肇(以下「原告川端」という)の右(三)と同一の要件における未消化残日数は一日である。

4(原告らの時間外手当請求権)

被告は本件基準に基づき、原告らの前記未消化残日数に対し、時間外手当計算により賃金を支給すべきであるところ、被告が原告らに支給すべき金員は、原告小林に対し金四八万五一七八円、同鎌田に対し金三〇万二一九〇円、同中村に対し金一一万七二一一円、同堀田に対し金三万五五八五円、同西本に対し金一一万一〇四二円、同川端に対し金一万二〇二三円である。

5 よって、原告らは被告に対し本件基準に基づき、請求の趣旨記載の金員及びこれに対する訴状送達の翌日である甲事件については昭和六二年一〇月三一日から、乙事件については平成元年五月二七日からいずれも支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3、4の事実のうち、原告小林の未消化残日数は一八日でそれに対する精算金は三一万二四一八円であること、同鎌田の未消化残日数は六・五日でそれに対する精算金は一一万三七一五円であること、同中村、同堀田、同西本及び同川端の未消化残日数が同原告ら主張のとおりであり、それに対する精算金が計算上同原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。

三  抗弁及び被告の主張

1  被告は昭和六二年一〇月三〇日、原告小林に対し未消化残日数一八日に対する精算金として三一万二四一八円を、原告鎌田に対し同六・五日に対する精算金として一一万三七一五円を各支払った。

2(一)  本件基準(8)項の規定は、仕事の都合上、休日出勤の翌月以降三か月以内に振替休日を取りえなかった場合に限り、時間外手当処理とするものであり、従業員が三か月以内に振替休日を取り得たにもかかわらず、取らなかった場合には、時間外手当処理は要しない。

(二)  被告では昭和四二年四月から週休二日制を導入し土曜日と日曜日を休日としているが、その趣旨は労働者により多くの休日を与えることにより、労働者の生活に潤いと余裕を与えることにある。そして、振替休日制度は週休二日制を受けて、仕事の都合上法定外休日に出勤せざるを得ない者に対し、別の労働日に休日を与えることにより、週休二日制の趣旨を生かすことにあるから、三か月以内に振替休日を取得することが原則であり、時間外手当処理は例外的措置である。

(三)  右のとおり、従業員には三か月以内に振替休日を取得することが義務付けられているから、従業員が年次有給休暇を希望する場合には、まず振替休日を取得すべきことになる。

3(一)  原告鎌田は、昭和六〇年一月から同年三月末日まで総合企画室に勤務し「新大学卒就職VANについて」とのテーマでの立案企画作業に従事していたが、毎月末にその進行状況を報告することで足り、特段法定外休日に出勤すべき理由はなく、三か月以内に振替休日を取ることに支障はなかった。同原告は、その後求人対策本部勤務となったが、同部署においても振替休日取得の支障はなかった。原告鎌田は昭和六〇年八月二一日付で総務部賃金担当となったが、同業務は毎月五日以降二五日までの間に集中しており、その余の日に振替休日を取得しても担当業務に支障を来すことはなかった。

(二)  被告としては、昭和六〇年九月から同六一年一二月までの総務部所属中の業務で給与計算の必要上休日出勤した六・五日については未消化残日数として精算金を支給した。

4  原告小林は昭和六一年一月一八日、三月一七日(半日)、三月二二日、六月三日(半日)、六月一六日(半日)、九月二〇日、一〇月一一日、一一月四日、一一月九日、昭和六二年一月一七日、三月一一日(半日)の合計九日休暇を取ったが、右は前記の理由から振替休日として扱うべきであるし、当時の所属長北村健一は同原告の同意を得て右九日を振替休日として処理した。

5  原告中村、同堀田、同西本及び同川端は、休日出勤の翌月から三か月以内に振替休日を取得できたのに取得しなかった。

6  被告が未消化残日数につき時間外手当処理をするためには、従業員が三か月以内に振替休日を取得しえなかった理由を明示して所属長に申告し、所属長が右未取得の理由を付した稟議書を被告に提出し、被告が右未取得は正当であると判断することを要するが、原告らの本件請求については右手続を経ていないから失当である。

四  抗弁及び被告の主張に対する認否と反論

1  抗弁及び被告主張1の事実は認める。

2(一)  同2(一)ないし(三)は争う。

(二)  本件基準が定められたのは、被告において従業員の休日出勤をできるだけ減少させ、やむなく休日出勤した場合でも、従業員が振替休日を取得できることを保障し、もって従業員の労働条件の低下を防止することにある。

(三)  したがって、本件基準(8)項の規定は、被告が従業員に振替休日を与える努力目標として定められたものであり、未消化残日数を時間外手当処理することは、被告が従業員に振替休日を保障できなかったときのペナルティ的意味を有しているから、従業員が三か月以内に振替休日を取得しえたか否かを問わず、時間外手当を支給すべきである。

(四)  また、被告において休日出勤の翌月以降三か月以内に振替休日を取得すべきことは原則化されておらず、未消化残日数に対しては、三か月以内に振替休日を取得しえたか否かを問わず、その全日数が時間外手当処理の対象とされていたし、被告は三か月の期限を超えても振替休日の取得を認めていた。このように三か月以内の消化努力の文言は事実上有名無実化していた。

3  同3(一)の事実のうち、原告鎌田が昭和六〇年一月から同年三月末日まで総合企画室に勤務していたこと、特段法定外休日に出勤すべき理由はなかったこと、各部署において三か月以内に振替休日を取ることに支障はなかったことは否認する。

4  同4の事実のうち、原告小林が昭和六二年一月一七日に振替休日を取得したことは認めるが、その余は否認する。それ以外は年次有給休暇、遅刻・早退として取得したものであり、振替休日として取得したものではなく、同原告提出の諸届出用紙に振替休日と記載されていたとしても、それは被告が同原告の同意を得ずに書き換えたものである。

5  同5の事実は否認する。

6  同6は争う。本件基準は、未消化残日数が存する場合には所属長が責任をもって時間外手当処理をすべきことを定めたものであり、それは被告の内部手続に過ぎず、原告らの精算金請求権の存否に影響を及ぼすものではない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1(当事者)、2(本件基準の存在)の事実並びに同3(原告らの未消化残日数)及び4(原告らの時間外手当請求権)の事実のうち、少なくとも原告小林の未消化残日数は一八日でそれに対する精算金は三一万二四一八円であること、同鎌田の未消化残日数は六・五日でそれに対する精算金は一一万三七一五円であること、同中村、同堀田、同西本及び同川端の未消化残日数が同原告ら主張のとおりであり、それに対する精算金が計算上同原告ら主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

二  本件基準の制定経過

(証拠略)を総合すれば次の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

1  被告において昭和四二年四月から週休二日制が実施された。当初は日曜日及び月曜日から土曜日までの間に一日休む制度であったが、昭和五〇年から休日は土曜日と日曜日に固定された。しかし、休日出勤が恒常化しており、昭和五〇年までは振替休日制度はなく、休日出勤手当の支給もなされなかった。

2  被告の従業員により組織される全大有社労働組合(以下単に「労働組合」という)は、休日出勤の改善を要求していたところ、被告は昭和五〇年六月に時間外労働及び休日労働に関する協定書案を提示し、労働組合との間で検討がなされたが、細部において合意に達せず協定書の調印には至らなかった。しかしながら実際の必要上から右協定書案の主要な内容は労使の合意として実施され、従業員が休日に出勤した場合には、上司と協議のうえ、振替休日の取得又は時間外手当の受給のいずれかの方法を選択するという制度となったが、実際には休日出勤に対する処理が進まず、労働組合は被告に対し振替休日を取得できる体制をとること及び時間外手当を支給することを要求した。

3  被告と労働組合間において昭和五五年五月一五日に協定書及び振替休暇消化運用細則が調印され、「休日出勤により発生した振替休暇については、その年度内で消化できる体制をとる。昭和五四年度の未消化分について五五年度中に消化することとし、未消化分があれば時間外手当により支払う。」旨合意された。

4  しかしその後も振替休日の消化は進まず、時間外手当の支給もなされなかったため、労働組合は被告に振替休日の取得及び時間外手当の支給を求めた。被告は昭和五七年一一月労働組合に対し書面で「休日出勤に対しては基本的には振替制度を徹底させ、発生の翌月以降三か月以内に消化させることとする。期間内に消化できない場合は時間外手当処理としたい。」旨回答した。被告は昭和五八年五月に至りようやく一一名の従業員に振替休日の未消化残日数に応じた時間外手当を支払った。

5  被告と労働組合間において昭和五八年七月に本件基準と殆ど同一内容の協定書が調印され(以下「五八年協定」という)、その九項には「振替休日の消化期限は、発生の翌月以降三か月以内とし、期限内消化の徹底をはかることとする。双方期限内消化へ努力を傾注してもなお残る場合は所属長手続による時間外手当処理とする。」と規定されている。右協定の内容を労働組合所属以外の従業員にも適用するために、被告は右協定を基にして本件基準を作成し公表した。被告は本件基準作成後、三か月経過後の時間外手当処理はせず、労働組合が右手当の支払を請求したところ、昭和五九年六月に六名に対し未消化残日数に対する時間外手当が支払われた。

6  なお、被告の労働組合に対する昭和六一年一〇月三一日付回答書には「五八年協定の三か月以内という消化期間は会社の努力姿勢を示すものであった。しかし現実は、部分的ではあるが、努力しても三か月以内に消化しきれない状況は継続している。」旨の記載がある。

三  本件基準(8)項の趣旨について

1  本件基準(8)項は「振替休日の期限内消化の徹底をはかることとし、期限内消化の努力を傾注してもなお残る場合は時間外手当処理する」旨定めているところ、その文言からして、三か月間の期限内に振替休日を取得することが原則であり、時間外手当処理は例外的措置というべきである。そして五八年協定には「労使双方が期限内消化への努力を傾注しても残る場合」と規定されており、本件基準は右協定を基にして作成されたものであるから、本件基準(8)項も同趣旨の規定と解すべきであり、被告及び従業員の双方に、振替休日を三か月の期限内に取得するよう努力する義務があるというべきである。

2  被告も振替休日の取得を可能とする体制をつくる義務を有するから、被告において、抽象的、一般的方策ではなく、休日出勤した当該従業員が三か月以内に何ら支障なく振替休日を取得できるような具体的かつ現実的な方策を整えたのにもかかわらず、当該従業員が敢えて振替休日を取得しなかったという例外的な場合を除いては、被告は時間外手当を支給すべきであると解される。被告は、従業員が勤務の都合上振替休日を取得できたのに取得しなかった場合には、時間外手当処理を要しないと主張するが、右解釈によると、現実の職場では振替休日を取りにくい雰囲気があり、仕事上他の従業員との連携を要する場合や顧客との関係から休みにくい状況が存するにもかかわらず(この事実は〈証拠略〉により認められる)、振替休日取得の責任を従業員にのみ負わせ、三か月以内に取得しない場合には、振替休日も時間外手当も喪失するという一方的に従業員に不利な結果を生じさせることになり、振替休日の取得が被告及び従業員の双方の努力によりなされるべきであるとの前記認定の趣旨に反するから、本件基準の解釈としては妥当なものとはいえない。

3  そして、三か月以内に振替休日を取得することは従業員の義務でもあるから、本件基準(8)項の趣旨からして、休暇を取得しようとする場合や半日単位以上の遅刻や早退をする場合には(振替休日は半日単位でも取得できる)、それは振替休日として申請すべきであり、振替休日が存するのにかかわらず、振替休日申請をせず、年次有給休暇や半日単位以上の遅刻や早退の申請をして勤務しなかったときには、右(8)項の「期限内消化への努力を傾注してなお残る場合」には該当せず、被告は時間外手当の支給を要しないと解するのが相当である。

四  所属長の承認について

1  本件基準には「休日出勤しようとするものは、原則として事前(やむを得ない場合は事後も可)に届け出て所属長の承認を得なければならない。出勤した日の出勤・退出の各時間を所属長に報告すること。」との条項があることは当事者間に争いがない。

2  (証拠略)によれば、被告においては休暇・欠勤諸届・直行届・休日出勤届として一種類の用紙があり、休日出勤の場合には右諸届出用紙を所属長に提出し、所属長は許可するときは承認欄に印を押すことになっているが、実際には右諸届出用紙を提出して事前に所属長の承認を得たうえで休日に出勤することは少なく、届出をしないまま休日に出勤する場合が多いこと、右届出は従業員の休日出勤状況を把握するとともに仕事上不必要な休日出勤を防止することに意義があると考えられるところ、所属長は右届出のあるなしにかかわらず部下の休日出勤状況を把握しており、所属長が休日出勤を出勤管理表に記載して総務部に提出することにより、被告は従業員の休日出勤状況を把握していること、所属長は右のとおり休日出勤状況を把握しているから、右届出がなくとも不必要な休日出勤を防止できること、被告は右届出の有無にかかわらず、休日出勤に対し振替休日の取得又は時間外手当処理を認めていることが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

3  原告らが休日出勤をした際、右1の手続を履践したか否かについては証拠上明らかではないが、右認定のとおり、実際の運営としては、右1の手続が履践されないことが多数あり、被告はその場合でも振替休日の取得または時間外手当処理を認めていることからして、仮に原告らが右1の手続を履践していない場合でも、原告らの本件請求権を否定する理由とはならないと解するのが相当である。

五  所属長手続について

1  (証拠略)及び前記右で認定の事実によれば、昭和五〇年以降従業員が休日に出勤した場合には、上司と協議のうえ、振替休日の取得又は時間外手当の受給のいずれかの方法を選択する制度となったが、部下の立場からして右協議の場で自己主張を貫くことには抵抗があり、上司との協議はあまり行われず、その結果休日出勤に対する処理が進まなかったため、労働組合は右手続を自動化するよう要求し、被告は右要求を受入れ、前認定のとおり昭和五五年に協定書及び振替休暇消化運用細則が調印され、右協定書を受けて五八年協定及び本件基準には、個々の従業員が時間外手当の請求をしなくとも、所属長が責任をもってその処理をするとの趣旨で「所属長手続による時間外手当処理とする」旨規定されたことが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

2  右認定事実からして、被告としては、休日出勤の翌月から三か月を超えた時点において未消化残日数がある場合には、当該従業員の請求を待つことなく、当然に右残日数に対応する時間外手当を支給する義務を有するものであり、所属長が稟議書を提出することは被告内部における手続に過ぎず、右手続がなされていないことは、何ら右時間外手当を支給しない正当な理由とならないから、抗弁及び被告の主張6は失当である。

六  原告小林の請求について

1  (証拠略)によれば、原告小林は、昭和六〇年に一四・五日、同六一年に一〇・五日、同六二年に二日休日出勤したことが認められる。当事者間の争点は、同原告が振替休日を取得した日数にある。

2  原告小林は、昭和六二年一月一七日に振替休日を取得したことは当事者間に争いがない。(証拠略)によれば、同原告は、昭和六一年一月一八日(有給休暇)、三月一七日(半日、早退)、三月二二日(有給休暇)、六月三日(半日、早退)、六月一六日(半日、早退)、九月二〇日(有給休暇)、一〇月一一日(有給休暇)、一一月四日(有給休暇)、一一月二九日(有給休暇)、昭和六二年三月一一日(半日、遅刻)の各申請を事前又は事後に所属長である北村健一に提出して承認を得たうえ、右申請どおり出勤しなかったことが認められるところ、右合計八日間についても、前述のとおり振替休日が存するのにかかわらず、振替休日申請をせず、年次有給休暇や半日単位以上の遅刻や早退の申請をして勤務しなかったときには、本件基準(8)項の「期限内消化への努力を傾注してなお残る場合」には該当せず、被告は時間外手当の支給を要しないと解するのが相当であるから、同原告の場合、時間外手当処理の対象となる未消化残日数は一八日である。

3  原告小林の未消化残日数は一八日であるところ、被告は昭和六二年一〇月三〇日、同小林に対し、右一八日に対する精算金として三一万二四一八円を支払ったことは当事者間に争いがなく、右支払額が同原告に支払われるべき時間外手当額よりも不足していることを認めるに足る証拠はないから、結局原告小林に対しては、未消化残日数に対する支払は完了したというべきである。

七  原告鎌田の請求について

1  (証拠略)によれば、原告鎌田は労政部所属当時、法定外休日である昭和六〇年九月一四日、一〇月一九日、一二月八日、一二月一四日、昭和六一年一月一一日(半日)、一月二五日、一二月六日の合計六・五日出勤したこと、被告は右六・五日については休日出勤として時間外手当処理をすべきことを認めていることが認定できる。そして、被告は昭和六二年一〇月三〇日、同原告に対し右未消化残日数六・五日に対する精算金として一一万三七一五円を支払ったことは当事者間に争いがなく、右支払額が同原告に支払われるべき時間外手当額より不足していることを認めるに足る証拠はないから、同原告の場合右六・五日に対する支払は完了したというべきである。

2  (証拠略)によれば、同原告は右1以外にも法定外休日である昭和六〇年二月九日、二月二三日、三月二日、三月一六日、九月七日、一〇月五日、一一月一六日にも出勤していること、同原告は、昭和六〇年二月及び三月当時総合企画室に所属し、毎月一回各大有社の社員が集まって開催された全国調査会議に出席するため法定外休日である土曜日に出勤していたこと、右調査会議に関係して各大有社の資料の集約やレポートの集約のために他の二回の土曜日に出勤したこと、同原告は求人広告対策本部を経て、同年八月二一日から労政部所属となり、賃金計算とその支払関係の業務を担当したこと、そこではコンピューター操作が要求され、同原告は昭和六一年九月七日と一〇月五日は右操作技術習得のため休日出勤し、同年一一月一六日は賃金計算のため出勤したこと、所属長が作成する出勤管理表にも右各出勤は休日出勤として記載されていることが認められるところ、右認定のとおり、右七日間についても同原告は仕事の必要上から出勤し、上司も休日出勤であることを認めているのであるから、振替休日又は時間外手当処理の対象となる休日出勤であると解するのが相当である。

3  被告は原告鎌田は三か月以内に振替休日を取得できるのに取得しなかったから、時間外手当請求権はない旨主張するが、前記の認定判断のとおり右被告の主張は採用できず、被告において同原告に対し、三か月以内に何ら支障がなく振替休日を取得できるような具体的かつ現実的な方策を整えたのにかかわらず、同原告が敢えて振替休日を取得しなかったという例外的な場合には、時間外手当請求権はないと解されるところ、同原告の場合右例外的な事情の存したことを認めるに足る証拠はないから、前記七日から同原告が振替休日を取得したことを自認している二日を引いた五日分に対する時間外手当が支払われていないことになる。

4  (証拠略)によれば、原告鎌田の右一日分の時間外手当額は一万七四三〇円であることが認められるから、右五日分では八万七一五〇円である。

八  原告中村、同堀田、同西本及び同川端の請求について

1  原告中村、同堀田、同西本及び同川端の未消化残日数が同原告ら主張のとおりであり、それに対する精算金が計算上同原告ら主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

2  被告は右原告らは三か月以内に振替休日を取得できるのに取得しなかったから、時間外手当請求権はない旨主張するが、前記七3で説示した例外的場合を除いては右被告の主張は採用できず、同原告らの場合右例外的な事情の存したことを認めるに足る証拠はないから、被告は同原告らに対し、請求原因4記載の各金員を支払う義務を有する。

九  結論

よって、原告小林の請求は失当であり、原告鎌田の請求は主文掲記の限度において理由がありその余は失当であり、原告中村、同堀田、同西本及び同川端はいずれも理由があるから、(訴状送達の翌日が甲事件は昭和六二年一〇月三一日、乙事件は平成元年五月二七日であることは記録上明らかである)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋哲夫)

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